自給的農への転換

農業を志す時のあこがれは、やはり米作りである。これは誰でも理屈抜きにやってみたいものであると思う。星川淳氏も、米作りは米を主食とする地球人のたしなみである、と言われているし、秋山氏も自給的な米作りをされている。自給用米をつくるというのは農的生活の一つのスタイルであろう。
多くの面積をやるのは大変だが、5a位なら趣味の範囲内で十分やれる。3〜4俵は取れるだろうから、十分である。 実際趣味の米作りをされている方も多いと思う。
なんだかんだといっても、やはり米は民族の魂である。のどかな田んぼの風景は文句無く郷愁をさそう。やはり米作りである。 問題はそう簡単にいくか、という事にある。
棚田オーナー制度というのを聞いたことがある。これだと棚田も守れるし、趣味で米作りをしたいという人が農作業も楽しめるので、一挙両得の名案であると思うが、どこでもやっているわけではない。

もともと狭い国土であるが、一坪といえども誰かの所有権が貼りついていない土地など存在しない。
土地所有権を持つものだけが排他的独占権を持ち自由に使えることができる。
使いたいと思っても、自由に使える土地など存在しないという事だ。
土地には、今まで多用してきた農薬や残留化学物質が染み込んでいるかもしれないが、それ以上に所有者の執念と怨念が染み込んでいるものだ。また土地は日本人にとっては大切な財産である。耕作放棄して荒れ果ててしまった土地だと言っても、財産は財産である。そう簡単に手放したり他人に貸したりはしないものだ。一度貸してしまうと借地人に権利が発生してくる。面倒な事は嫌うので、そのままほおって置いた方が良いという事になる。
福岡翁も、国民皆農になるのが理想だと書かれていたが、全ての国民に行き渡るだけの農地があったとしても、農民から土地を取り上げて農地解放をする事などできないのだから、いつま
で経っても実現不可能な絵空事にすぎない。 
農地はやはり簡単に売買できる不動産とはちょっと違う。
私も残念ながら田んぼは借りられなかったので、米作りをやれるチャンスが今までなかった。

でも水稲が駄目でも陸稲がある。
統計を見てみると、平成14年の全国作付け面積が5,560ha収穫量は12,500tになっている。
平成16年の収穫量は9,400tである。作付面積は年々減少しているが、5,000ha位の面積である。北海道では陸稲など見たことも作っている話も聞いたことがなかったが、五千ヘクタールといえば大面積である。全国でこんなに作られているものだとは知らなかった。
今は改良された良品種もあるようである。トヨハタモチは極早生の品種であるので、北海道にも合うかもしれない。陸でできるかどうかわからないが、古代米である、赤米・黒米も試しにやってみたい。

陸稲は水稲に比べて食味が悪いそうであるが、今の米作りは強烈な除草剤を使う。
低農薬で一度しか使わないと言っても、一回でバッチリ効く強烈な「一発ドン」という除草剤もある。
全ての生き物が死に絶えてしまったヘドロのようなタンボで農薬まみれになって生育する。
稲は、そんな劣悪な環境の中でよく育つものだと感心するが、水稲も大変な環境の中で成育することを余儀なくされているわけだ。
そんな環境のなかで育った美味い水稲より、安全に育った不味い陸稲の方がずっと良いのではないだろうか。 畑の雑穀だって十分おいしいのだから、陸稲がまずくて喰えないという事もなかろう。
勿論販売するわけではなく、自給用である。
来年は主食の自給を目指して陸稲をやってみたい。

これを機に、雑穀・小豆等の販売用商品作物の作付けを減らし、自給自足的な多品種栽培に切り替えようと思う。 作付け面積も半分の65a程度に減らす予定である。
自給自足的農へ転換し、自然農の実践を行う。 面積的にもこれ位であれば無理はない。
今までは、あまり自給自足的な面にこだわりはなかったが、来年以降はもっと自給体制というものにこだわってみたい。 なんとか食っていける山間地農業を確立したいと思っていたが、作物を作って販売金額を上げることを考えるよりも、より自給自足的な生活への転換を計って見たいと考えている。

  戻る