雑草緑肥栽培法 

農薬と化学肥料は使用しないで栽培を始めましたが、最初の二年はほとんど収穫できませんでし
た。その後豆類を栽培して輪作作物とし、養分として米ヌカを蒔くという方法でだんだんに収穫でき
るようになってきました。 毎年栽培を続ける事によって栽培のコツもだんだんに解ってきました。
この間には、土壌分析を依頼した事もあります。 土を計測することによって不足する養分を補い
土壌の化学性を整えていこうという方法で、即効的に効果のある方法だと思います。
ただ、残念な事に土壌改良剤や有機資材を処方されてもそのまま実行する事は出来ませんでし
た。有機の資材は値段が高いからです。 採算はギリギリというところでやっているわけですから、
資材を購入したのでは購入代がそのまま赤字になってしまうからです。
無農薬農産物だからといって価格保障があるわけではなく、それほど売れるわけでもありません。
高価な資材を購入してまでやる事の意味がないのです。

そこで資材を自前で賄う方法として堆肥づくりやボカシ肥づくりがあるわけですが、年間の作業量
としては栽培するだけで手一杯の状態であり、堆肥作りをしている時間まではありません。
更に苦労して堆肥まで作ってどうするんだろう・・・真剣にやってみようとは思いませんでした。
結局落ち着いた方法は、比較的安価に入手できる米糠を使用してほどほどに収穫できればそれ
で良いという考え方で、ここ数年はこんな感じでやってきました。

栽培も難しい事ですが、収穫した農産物を販売するという事はもっと難しい事です。
車の両輪のようなもので、両方が揃わないと上手く走って行く事はできません。
販売にも行き詰まり、これしかないと思ってインターネット産直に取り組みました。
何とか続けて行くうちにだんだんと軌道に乗ってきて、全国各地から注文を頂ける様になって来ま
した。 大変あり難い事なのですが、新たな問題が発生して来ました。
注文が来ても販売する物がないのです。生産量がもともと少ないですからすぐに完売してしまい
ます。 安定的に確実に収穫しなければならない、増収もしなければなりません。
限られた面積の中で最大限の収穫を上げることのできる方法は何か。
そこで、夜も寝ないで昼寝して、考え抜いて到達したのが「土中堆肥作り」と「雑草緑肥」という
技術で畑を肥沃化させて収穫を安定させるという方法です。
金も余りかからず、且つ無理がかからない方法です。実際に効果が出てくるには数年かかると
思いますが、このやり方でまず間違いが無いだろうと感じています。

除草作業
除草の極意として昔から言い伝えられている言葉にこんなものがあります。
「見えてから取るは下農、気を察知して取るが中農、見えざるうちに取るが上農なり。」
少しうろ覚えですので正確な言い回しではないと思いますが、要は草が芽を出してから取るよう
では駄目で、芽が出ないように早め早めに作業しなさい、という意味です。
私も草は早く取れと何度も言われました。 芽を出さないように何回もあいかけをかけて、そういう
ふうにやらなければ駄目だと。
確かにそうだなぁと思って早め除草を心がけた事もありますが、どうしても追いつきません。
最後はどうしても草だらけで終わってしまいますので、こんな草生栽培(草だらけの中で栽培)で
行くしかないだろうと思っていました。

雑草を栽培する
畑を見た目きれいに仕上げるにはどうしても早め早めの除草作業が必要になってきますが
除草剤を使用しない無農薬栽培においてこんな事をやっても無意味です。
草は次から次へと生えてきますから小さいうちに取り切るなどということを考えると過労で死んで
しまいます。大げさではなく真に過酷な作業だからです。
ではどうするかというと、きれいに雑草を除草するのではなく、畝には作物を、畝間には雑草を
同時に栽培すれば良い訳です。 栽培する作物によってやり方は違ってきますが、畝間の
雑草はギリギリまで我慢してできるだけ生育させ、頃合を見て土にすき込めば良い。
これだと無理に除草作業しなくても良いので楽ですし、畝間を除草するという作業は、同時に
雑草緑肥を畑にすき込むという作業でもありますから一石二鳥です。
「今年の収穫を得る為の除草作業が、来年以降の土作りになっている。」 これが一番無理が
無く自然な土作りでしょう。
う〜ん、なんで今まで気ずかんかったんだろう?
「雑草は取るものだ」という固定観念がここに来てやっと取れた気がします。
そう思うと不思議なもので、除草作業が来年の土を作る為の楽しい作業に変わりました。
株間に生えている草を抜く時も、これで土が肥えるわいと思うととても有り難く感じます。
いや〜もっとジャンジャン生えてきてくれないかなぁと思ったり。 ゲンキンなものですね。
生えてくる雑草は緑肥として積極的に活用する、これが無農薬栽培の極意と思います。
雑草は畑に生えてくる作物の生育に邪魔な物という発想から、太陽エネルギーを固定して土を
肥やしてくれる有り難い緑肥作物であるという発想に変わりました。
後は各作物に応じて共存させる方法は変わって来ますが、畑にはなるだけ雑草を生やさせる
と言う考え方に相違はありません。

自然農において良く言われる不耕起・無除草についてはそのやり方を知りません。
完全不耕起・無除草では畑にならないと思います。 勿論栽培する作物によっては苗植えする
事によって可能な場合もあると思いますが、あくまでも定年帰農のような自給的農業に限られる
と思います。
例えば雑穀などは、クワなどで軽く播種床を作って種を蒔き以後は無除草で栽培する事も可能
だと思います。 ただ雑草の中で収穫すると雑草の種子も混じってしまい、雑穀の粒自体も小粒
なため選別ができずに異物が混入してしまいます。 雑草の種子が多少混じっていても自家用で
食べる分には何も問題はありませんが、販売する商品にはなりません。
趣味の園芸ではありませんので産業(仕事)として成り立つ為には、畑になるように手を入れる
必要があります。
不耕起・無除草で三年ほおっておいたら間違いなく原野になると思います。柳の木などがすぐに
生えてきます。原野から山林へ、人間に開墾されて畑にされてしまった土地を元の自然状態に
戻そうというのが自然の摂理ではないかと思います。
農薬・化学肥料は使用しないというのは基本ですが、ほおって置いたら原野に帰ってしまうその
一歩手前のギリギリのところで手を入れてなんとか畑につなぎ止めて置く。
産業として成り立つ自然農法としてはここら辺が限界なのではないかなぁと今は考えています。

そして
無農薬栽培において一番のネックになる除草作業は極力避け、繁茂する雑草は緑肥作物として
積極的に活用し、土作りに励む。 不足する養分は米糠等で補いながら肥沃な土地にもって行く。
こうして私はついに 「雑草緑肥栽培米糠パラパラ農法」 (ちょっと長いか?) に辿り着いたので
ありました。 チャンチャン。

多収技術
雑穀類は畝間60〜70cmにして培土するのが
基本とされています。 私も最初はこの通りに
やっていましたが早生ひえは徒長し易く培土
してもなかなか倒伏は防ぎ切れません。
そこで播種期を大幅に遅らせあまり生育
させないという方法を取っています。
この場合は畝間を広く取る必要は無いだろう
と思い、今年は真ん中にも蒔いて35cmに
しています。 真ん中付近がだいぶ生え切れ
していますので倍量は無理ですが、
このまま生育してくれると今までの
1.5倍量の収穫が見込めます。
南側に蒔いた南部早生ひえ、7/30撮影。

今は麦を小さい内に倒して丈夫に育てる「麦なで法」(ストレスを与えるとエチレンが発生して茎が
太くなり倒伏しなくなる) とか、わざと徒長させてソバを増収させる「倒伏栽培」とか面白い方法が
沢山あります。
この点インターネットはとても便利で、農業試験場の莫大な研究成果や全国各地の農家の実践例
を沢山見ることができますし、とても勉強になります。
土地が限られている事には増産技術を磨く事によって対処できます。
同じ面積の土地からでも倍量の収穫があれば土地を二倍持っているのと同じ事になります。
テクニックは色々あるにしても、今までは増収を可能にするための土地の肥沃化をどのように
すれば良いのかが解らなかった。 
無農薬・無化学肥料で栽培すると同時に土地も肥沃化していく方法が。

この南部早生ひえは畝間を一度ホーで除草しただけです。これだけ密植すると間にはもう雑草が
生えてきませんから雑草緑肥のすき込みはできません。
そのかわり収穫後には大量の茎がでますので、それを土中堆肥作り処理する事が出来ます。
秋処理の手間はかかりますがその分除草作業が軽減されますので負担にはなりません。
ローテーションしながら作物を作り続けていくうちにだんだん土地が肥え、収穫が安定してくると
思います。 今までも粟以外はそこそこ収穫できていたわけですから、今後土作りを意識した作業
にする事で、取れ難かったものも取れ、取れるものは更に増量できるという良い循環に向って行け
るのではないかと考えています。 (06/7/31)

災い転じて・・
今年は当初の予測どおり冷害の年になりそうです。特に道東の畑作地帯で顕著で既に数百haの
耕作放棄地が出たようです。 低温と日照不足で豆類なども生育しなかったそうです。
ここ日高地区も例外ではなく、気候条件はあまり良い年ではありませんでした。
今年の生育状況があまり良くないのもこうした気候条件も原因していると思いますので、土壌の
問題ばかりではないと思います。でも、今年の生育不良をキッカケとして今までの経験を振り返り
ながら栽培について考える良い機会となりました。
今年好天が続き豊作の年であったなら当然生育も良くて、「こんなもんだなぁ」と思ってそのまま
やり過ごしていたかもしれません。大切な勉強の機会を失うところでした。
収穫の減収は避けられませんが、その代わりに私なりに納得のいける栽培法に達する事ができ
ました。
「災い転じて福となす」 とはまさにこの事であるなぁ〜と一人静かに肯く私なのでした。
                                            

場の研究 へ続く

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