無農薬栽培について

無農薬・無化学肥料栽培とは、文字どおり、除草剤を始めとする農薬類・及び化学肥料・培土・
化学物質が添加された肥料類の全てを一切使用しないで栽培するという事である。

昔読んだ本に、「有機三年、三年やるけどやめてしまう。」と書いてあったことを想い出す。
農薬・化成肥料は使わない、という事はわかるけれども、では使わずにどうやるか、という事に
なると、いきなり話はアヤフヤとなる。 具体的な技術や方策が確立されていないからだ。
どのようにしてやるか、方法と技術はその人が確立していかなければならないのだが、
そう簡単に完成するものではないので、途中でやめてしまうわけだ。
続けていけなくて農業そのものをやめてしまうか、慣行に切り替えるか、除草剤等のどうしても
必要なものだけは使用する減農薬等の特別栽培という折衷案に落ち着いていく。
それぞれに生活があることなので仕方ないことである。

近代農業の三種の神器、除草剤・農薬・化学肥料、これを使わないという事は、これらの物が
まだなかった、昭和30年以前のやり方に戻れという事だ。
いまさら生活レペルを元に戻すという事などできないわけだから、生活のレベルは今のままを
維持して、農業のやり方だけ江戸時代に戻せと言われても、土台無理な話であろう。
私も農家に生まれた農民だったら、手間がかかるばかりでもうけのでない有機農業はやらない
だろう。無農薬栽培などは考えもしないだろう。減農薬のクリーン農業といった所でお茶を濁して
経営を第一に考えてやっていくだろうと思う。
どうやって生活していくのかという経営的な問題は必ず発生してくる。

幸か不幸か、私は農家に生まれた農民ではない。
より自然に沿ったシンプルライフを送るという生活を基本としているので、慣行に切り替えて
本格的に農業をやろうという気はない。
自然に沿った形でというのが基本だから、農業もなるだけ自然な方法でやりたいと思っている
ので、農薬や化成は一切使用しない、というだけの話であって、別に有機農業を志して始めて
いるわけでもない。
脱サラ農民でもあるし、有機認証も取ったりしているのだが、有機農業や本格的な職業農業
をやりたいわけではない。

結局のところ、こうした厳しい農法を続けていけるかどうかは、どのように生きていくのか、その
生活観そのものにあると思う。どの程度の生活レベルで納得するのかという点にあると思う。
大変な思いをしてやっと100万稼ぐのと、楽してそこそこ500万稼ぐのと、誰でも後者を選びたく
なるのは当然だ。
あえて前者を選択して進んでいく為には、どうしてもそれを支える哲学的なバックボーンが必要
になってくる。
私はこれを、質素なシンプルライフをゆったりと楽しみそれで納得する、という点に置いている。

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