地球村」に生きる

ネットワーク地球村代表の高木善之さんは、私が尊敬する方の一人です。
札幌に住んでいた頃は地球村の会員でしたし、講演も二回位、聞きに行ったことがあります。
高木さんの事を宇宙人のような顔をしている、と言う人がよくいますが、確かに雰囲気が人間離れをした宇宙人のような顔立ちをされています。もしかしたら、私達地球人を見るに見かねて宇宙から派遣された使者なのかもしれませんね。

これは、1995年5月に発行された、THE・FUNAI、「地球村」に生きる、という本です。
私が最も敬愛し、尊敬するのが、船井幸雄先生です。
15年位前から、正しい情報源、人生の指針としています。
船井先生は、今は会長職に退かれましたが、もともとは経営コンサルタントとして活躍する一流のビジネスマンでした。経営人として、経済の第一線に立っておりながら、霊とか、宇宙人とか、前世だとか、不思議ビックリ現象を真面目に追求されてきた方です。
当時こんな人は他にはおりませんでした。とにかく物質、精神世界はまだまだタブーだった時代です。
そんな中で、マイナー現象をけっして否定せずに、光をあて続けてこられた方です。

思えば、高校三年の18歳の頃から、私の人生の目的は、゛存在の神秘を解く゛という事にありました。
こんなひどい世の中に生まれて何故生きてゆかねばならぬのだろう? しかし、そもそも万物は何ゆえに存在するのだろうか? 青年期特有の悩みかもしれませんね。
普通はこうした疑問があったとしても、考えてすぐ結論の出ることではありませんから、社会生活の中で次第に忘却して行き、やがて順応して立派な社会人になっていくのでしょう。
しかし、自分のなかでは、どうしても妥協点を見出すことができずに、ひたすらこの答えを求めてさ迷い歩くことになりました。
仏教・禅の教えあたりから始まって、ヨガ・断食、真言密教、チャネリングから宇宙通信、渡り歩いた教団数知れず、というような状態でした。 社会や学校にはこうした疑問に答えてくれる人はいない訳ですから、これも仕方の無いことでした。
しかし、こんな生活を続けていると疲れ切ってくるのです。いくら知的に答えを求めようとしても無理があるのではないか、現実の社会の中で生きていかねばならない人間に、美しい神の愛を説かれたって猫に小判なのだ。あまり宗教界を批判するつもりはないけれど、所詮宗教も商売である。
それも他に例を見ないほどのボロい商売である。教団幹部が堕落していくのも無理はない。

こうして段々と、教えを外に求めること、知的な探求には限界がある事に気ずき始め、こうした精神世界からは足を洗ってスパッと断ち切り、自分の生活そのものを基盤として自分を見つめていくというスタイルに切り替えました。丁度そんな時に船井幸雄先生の本との出合いがありました。
会社生活のなかでは、霊だの前世だのそんな話をする事はタブーです。
そうした根源的な話題には触れずに、とにかく今は頑張って働き金を稼ごう、というのが暗黙の了解事項です。 そこを踏み越えてしまうと、大人げないやつだとして疎まれることになります。
でも船井先生は違いました。自ら第一線のビジネスマンでありながら、同時に精神世界の探求もされるという、実に世にも稀なる存在だったのです。
それから十年弱位は、サラリーマン稼業に精を出し、社会の中でフツーに暮らしました。
慣れてしまうと、これはこれで非常に暮らしやすい生き方なのです。給料やボーナスはきっちりと貰えるし貯金も増えていく、明日どうやって暮らそうかと心配する必要もない。
ある意味、この時期は一番のんびりゆったり豊かに暮らせた時期かもしれません。
しかし、その後大不況の波が訪れ、それを期に脱サラ農民となり現在に至るのですが、予てから農業をやってみたいと思っていたとはいえ、いざ始めるという段にあたって感じたのは、これからはやっと好きな事が出来るという様な開放感ではなく、実は恐怖感でした。 多少は蓄えもあるのでしばらくは大丈夫だ。しかし、その後失敗して一文無しになったらどうしよう? 社会の中で金の無い貧乏人になる事は死ぬより辛い。金が無いことで味わう辛さや悲惨さは骨身に染みて味わっている、そんな事になってはならない。
しかし、最後には、やっぱりここはひとつ、自分の気持ちに正直に生きてみようという方向を選択することができました。道はまだ半ばではありますが、とりあえずはまぁまぁなんじゃないかと思っています。

そんなわけですが、地球村に生きるという高木さんのメッセージはいつ読んでも心に響きます。
価値観の転換、地球村(地球と調和する小社会)の実現に向けて、自分で出来ることの具体的な提案。私も又地球村の一員として、今生活しているこの地区で私なりの地球村を作っていけたらイイナーと思っています。本文最後には高木さんの言葉としてこう書かれています。

          「地球村」でおおわれたとき、地球は国境のない星になる。
          国境のない星ではすべてが一つの家族となり、人はすべての
          生き物、自然とのつながりを取り戻し、精神的な充足と向上の
          道をふたたび歩み始める。

こんな社会が実現したら素晴らしいですね。
しかし、すべてが地球村になると郵便配達の人が困りますね。皆同じ住所なのですから。
しかし、心配ご無用。
表紙裏には、主幹船井幸雄の言葉としてこんな事が書かれています。

自然と人間
 95年三月例会をかねて宮古島を訪れたとき、草木や石と話せる人・新垣哲男を通じて、植物
 や石などは、私達に次のように語ってくれたのである。
(1)できるだけ自然に手をつけないでほしい。人が自然を加工する時は、より調和のとれる方向
   に手を加えてほしい。
(2)人がエゴ的発想を減らし、自然や環境を大事にするのなら大天災はほとんど無くなる
   だろう。良心に従って生きて欲しい。
(3)植物や鉱物の本質は「神」である。勿論人間も同様である。そのことに気づいて欲しい。
(4)これからは急速に良い世の中になる。物価は下がる。日本が先頭をきる。一ドルが五十円
   でも大丈夫。
(5)「生の法則」で一番いけないのはムリである。人はムリをしないように。自然にもムリを
   させないように。 虫が喰わない野菜などは絶対につくらないように。

今の時代にも、草木と話せる人はいるのである。
全部が地球村になった時には、もう電話やFAXやパソコン等のハードな通信手段は必要なくなる。
草木や大地、大自然と直接コミュニケーションが取れるようになると、もう郵便配達員は必要でなくなる。これが本当の郵政改革である。 電話代を払う必要もないし、パソコンを買う金も必要ではなくなる。
金を必要としない平和な世の中が出現する。

実はこれは夢物語ではなく、15世紀、大航海時代が始まる前の第三世界においては、大自然と調和した豊かなコミュニケーション文化の華が各地で花開いていたのである。
しかし、こうした豊かな精神文明は、圧倒的な銃火器の前では沈黙する。
マヤは滅び、再び立ち上がれないように、グァテマラ・ホンジャラス・エルサルバトル・ニカラグア、聞いた事も無いような小さな国に分断されてしまった。 インカ・アステカも滅んだ。北米インディアンの受難は目に余る。アフリカ大陸は暗黒大陸になってしまった。オーストラリアのアボリジニも既にその使命を捨て去ってしまった。
幸い日本の国は、東の外れにあったので、西欧諸国が植民地の分捕り合戦でしのぎを削っていた間、鎖国政策によって独立を保ち、なんとか植民地になる事は免れたのである。
この時代、色々問題はあったのかもしれないが、とにかくこの狭い島国日本で、完全自給自足の低エントロピー社会を実現させていたのである。豊かな江戸文化の華が開いていたのである。

私達は物質的な機械文明の魔力に捕らわれている。
これを乗り越えることができるかどうか、これが人類にかけられた試験なのだと思う。
試験であるから、受かるか落ちるかどちらかである。中間はない。補欠合格でも合格は合格である。
できれば無事に合格して欲しい。しかし、試験であるから必ず受かるとは言い切れない。
失敗したとしたら、それはそれで人類総体の運命である。甘んじて受けるより仕方がなかろう。
試験の残り時間はまだあるのだろうか? 試験終了のベルが鳴るとき、もうちょっと勉強しておけば良かったなと後悔する事の無いように、一日一日を大事に生きていきたいと思う。

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