アジア標準

会社を辞めた翌年の冬、東南アジアを三ヶ月程旅行したことがあります。
それまではインドとプーケットに一週間程のパックツアーで行った事があっただけですので、初めての長期の個人旅行でした。中年バックパツカーの誕生です。
その後毎年出かけましたが、一年目は中国の雲南からベトナムへ抜けカンボジアへ、タイへぬけた後ラオスの南部から北上し、タイ北部へ。計画ではここから更にミャンマーへ飛び、インドのプーリーに寄ってからネパールへ飛び帰国する、というものでしたが、さすがにタイ北部に着いたところで移動に疲れてしまい、北部でのんびり過ごしてから帰国したのでした。

各国を回って感じたのはどこも貧乏だなという事でした。
日本のように贅沢にくらしている国はありません。
豊かなのは良いのですが、贅沢すぎるというのもどうでしょうか。
東南アジアの中ではタイは郡を抜いて豊かな国ですが、他はどこもひどい状態です。
カンボジアは地雷で足を飛ばされた不具者ばかりですし、ストリートチルドレンも多い。ラオスに至っては電気すら満足にない状態です。夜になるとロウソク灯して暮らしているんですよ。
特に困ったのは食事でした。満足に食べられる物がないのです。そんな所をフランスパンをかじりながら一ヶ月かけて北上したのですから、ほとんど死にそうになりました。
北部からタイに入国した時にはタイの子供の身奇麗さにびっくりしました。皆きれいな服を着て靴を履いているのです。ラオスでは皆はだし、良くてゴムぞうりです。二年は洗っていないなという服を着たそんな子供達ばかりです。豊かなタイにホッとして、そのまま留まってしまったのでした。
テレビや雑誌で見るのと違い、自身の目で実際に見る事は強く印象に残ります。

綺麗な海に白い砂浜、青い空にココナツの木。こんな定番の南国の風景写真を見ると誰でも行ってみたくなるでしょう。こんなところでカクテルなんぞを傾けながらのんびり暮らせたらいいな、と思うかもしれません。 しかし誰もそれほど長期の休みを取れる訳ではないですから、せいぜい一週間程でしょう。でも一週間程度で帰ってくるからいいのです。いつまでもいたら飽きるだけです。風景は三日もいれば目新しい物ではなくなってしまいますし、散歩しかする事はないのですから、いる事に飽きてしまうのです。長期の旅行も一ヶ月位がいいとこです。基本的にしなければならない事は何も無いわけですから、その日の宿を確保したら後はどこで何を食べるかという事だけです。ぷらぷら散歩して歩くことにも限度があります。
旅行に行くのは嫌いだという人はあまりいないと思います。それ自体はとても楽しい事ですからね。
しかし海外のような異空間に身をおいて実際にぶらぶらして暮らしてみてもけっこうつまらなかったりするのです。人間は何もせず、ただぷらぷらして生きていくようには創られていないようです。
こうして色々な幻想が消えて無くなります。
金持ちになったら毎日仕事もせずにぶらぶら遊んで暮らせるぞ。
誰もが空想することでしょう。しかし、そうした怠惰な日々はけっして心の満足は与えてはくれないのです。 成功して金持ちになった人でも仕事を止めてしまう人は少ないと思います。仕事をして成功していく事自体が楽しいことだからなのでしょう。
実際にこうしたプチ体験をしてみると、かえってちょっと貧乏な位で、一生懸命工夫して必死に働いている方が幸せなのかもしれないと思ったりする。必要な金額以上の金は必要の無いものだという事もはっきりとわかる。百聞は一見にしかず。予測と実際の経験には結構ギャップがあるものです。
何事も体験してみるという事が大事なのでしょう。

実際に諸外国を見てみると、やはり日本標準の生活レベルは無意味なほど高すぎるのです。
こんなに贅沢な暮らしをしなくても、もっと低いレベルでも十分です。
意味の無い高水準レベルを維持するために皆必死の努力をしていますし、又それを要求されるのです。無駄なものを手に入れる為に必死の努力をする、それこそ無駄なのではないかと考えるのは私だけでしょうか。 それにあっさりNOと言えないところが日本の均一社会のつらいところ。
皆同じであることを要求されます。さすがに最近はだいぶ緩んできていると思いますけれと゜。
更に真面目に物事をとことん追求する民族性は、テキトーにというごまかしは通用しません。
努力・忍耐・根性、ひたすら限界まで努力しないと、日本社会のなかで生き残って行くことはなかなかに難しいことなのです。

タイには冬出かけます。朝でると夜には真夏のタイに着いてしまいます。ムッとした空気のドンムアン空港に着くと地球の丸さを実感します。同時にホッと心が開放される気がする瞬間です。
タイは丁度日本の正反対のような国で、どうでも良いようなテキトーな国です。
年金や保健といった社会保証もありませんが、そのかわり税金もないのです。
こうでなけれはならないという縛りがありませんので何をしようとひたすら自由なのです。(勿論限度はありますよ。敬虔な仏教徒の国ですから、違法行為は厳禁です。)
どちらが良いかはいちがいには言えません。中間位のところが一番良いかもしれません。
日本は国力があり、金も十分持っているのですから、日本標準レベルを少し下げ、アジア標準並みでよいのだという事になったら、もっと伸び伸びと気楽で楽しい毎日が送れるのになぁと思います。
私はリッチで忙しい生活よりも、多少レベルは下がっても毎日をのんびり楽しめる様な生活の方を選択したいと思います。生きてるだけでもいいじゃないかという「アジア標準」の目で見ると、どんな生活レベルであっても、もはや何の苦もないのです。
一般の人から見ると私の様な暮らし方はただの貧乏人に見えるかもしれません。
しかし、本人はこれでも十分に満足して生活しているのです。
これでも、全世界の生活レベルから見れば、まだまだリッチな部類に入るような生活ですよ。

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