二足のわらじ

半農半Xを求めて

脱サラ農民の生活も今年で五年経過しました。
いろいろな試みが一段落しましたので、ここで多少の変更を加え、生活の転換をする事としました。
来年からは、専業農家となる事は諦め、二足のわらじ・兼業農家を目指すことに方向転換します。
詳しくは「お気楽農民への道」に記載する予定です。

二足のわらじ・「半農半X」は、京都綾部在住の塩見直紀さんの造語ですが、読んだとおり、半分農業やって残り半分は又別の仕事をするという事です。そのxはひとそれぞれに変わって来るわけです。
まぁ平たくいうと兼業農家という事なのですが、その意味する所・ニュアンスは、捉え方としてかなり違うんじゃないかなとは思います。おしゃれで何か新しい試みのように聞こえますしね。
「兼業農家」では何か暗い感じがします。そう聞いただけで大変だなぁと反射的に思ってしまいますからね。

半農半Xの語源となったのが、星川淳氏の「半農半著」です。屋久島で自給自足的農業をされながら、本来の著述・翻訳業をこなしていく、ご自身自らのライフスタイルを端的に表現したのが、この「半農半著」という言葉です。
実は私は星川淳という方をまったく知らなかったのです。早速星川氏の著作である「地球生活」と「屋久島の時間(とき)を取り寄せて読みました。
考えてみると日本人初の宇宙飛行士、秋山さんも96年から福島県で有機農業を始められ、そのかたわら98年に「農人日記」という本を書かれていますから、秋山さんも典型的な半農半著の暮らしだと思います。こういう視点から見てみると、(自給自足的農業+本業)という暮らし方をされている人は意外と多いのかもしれませんね。理想的なライフスタイルだといってよいのではないでしょうか。
しかし、半著の場合には才能が要求される事ですから、誰でも実現できるというわけにはいきません。
私には残念ながらこうした文才はありませんので、ここがつらいところ。
田舎で役場や郵便局の公務員になるのが一番良いかもしれません。しかし、人生途中から採用されることは無いのですから、この方法もペケです。何か良い方法はないものか? もっとも、はっきりとは解らず、追い求めるからこそ「エックス」なのでしょうが。

でもこうした視点から考えて行ったほうがお気楽かもしれません。
農業をやるぞ、と力んで頑張ることはかなり苦しい事ですからね。
最初から、農業は半分くらいのウェートで、自給自足的な農業をやりながら田舎暮らしを楽しむ。あと半分は真面目に働いて収入を得、具体的な生計を立てる手段とする。
このようなアプローチの仕方の方が事がスムーズに運ぶかもしれません。

人生は方程式ではありませんので エックス= とすぐに解答の出るものではないでしょう。
これからは、では具体的にXをどうするか、何をするのか、その探求が始まります。
さてこれからどんなエックス生活になりますか、期待と不安でワクワクしてます。

                               
人生三毛作

高校卒業後、日払い人夫から仕事を始め、鉄工所の溶接工としてブルーカラーを10年。その後ネクタイ締めてホワイトカラーを10年。合計20年のサラリーマン生活を送りました。
40歳にして農業を始め、今はこの時期です。
老後は60歳位になったらタイに移住し、果樹園やりながらのんびり暮らす。
私は自分の人生にこんなラフスケッチを描いています。

旅をする時、終点の決まった列車に乗っていくのが一番楽です。ずっと座っていなければならないので尻が痛くなったり、時々退屈だったりしますけど、多少我慢して座っていればそのまま最終駅に到着することができます。
これに比較して、鈍行列車を乗り継いで行ったり、バスを利用したり、時々歩いたり、バイクで走ったりすると時間もかかりなかなか大変です。大変ですが、ただ列車に乗っているだけでは味わえない貴重な経験を数多くすることができます。

人は誰でも最終駅にたどり着きます。いつかは肉体の衣を脱ぎ捨てあの世へと旅立っていかなくてはなりません。何人といえどもこのルールから逃れる事はできません。
最終駅には、10億の現金を持ち込む人もいるでしょう。1億円の豪邸かもしれません。勿論ベンツも付いています。しかし、旅立ちの時には、こうした物質的な財産は何一つ持っていく事はできないのです。
唯一持って行く事のできるものは、その人の経験と体験だけ。生きた証のフィーリングだけを来世へと持ち越すことができるのです。その人の人生途上における生々しい体験こそが本当の財産なのだと思います。

普段こうしたことはあまり考えません。「忙しくてそれどころじゃない!」というのが正直な生活実感でしょう。 「なんだかんだ言ったって所詮この世は金だ。皆金が欲しくて仕事してるんじゃないか! 贅沢な生活を求めてどこが悪い。」 おっしゃるとおりでございます。
しかし、その時はいつやってくるかは解らないのです。
未来を正確に予測予言する事は不可能です。細木かず子でも難しいでしょう。
あまり将来の事を考えすぎると不安と心配にさいなまれます。
その時がいつやってくるかは解りません。しかし、その時が来たら納得して死んで行きたいと思うのです。自らの心に嘘をつくこと無く正直に、まぁ色々あったがやる事はやった、と納得して死んで生きたいと考えているのです。ニッコリ笑ってさようなら。
人生三毛作、いろんな経験が三度できれば、上出来だと思っています。
 

  戻る    page7へ