慣行ー有機ー自然農法

農業と一口に言っても実に様々な考え方・やり方があります。
私もこの七年間、色々と試行錯誤しながらやってきました。
農薬や化学肥料を適時使用して栽培するのが慣行農法ですが、農薬や化学肥料は一切使わず
土作りに励んで地力をつけ自然循環の中で栽培しようとするのが有機農業とすれば、更に面倒な
土作りや施肥などは一切しないのが自然農法というものなのでしょう。

慣行農法を西洋医学に例えると有機農業は東洋医学に例えれるかもしれません。
健康な場合はほおって置いて、病気になってから対処療法を施すのが西洋医学とすれば、
医食同源という考え方もそうだと思いますが、自然治癒力を高めてそもそも病気にはならない
健康体を目指すというのが東洋医学的な考え方だと思います。
そもそも病気にならなければ医者も病院も不要なものです。
でも、交通事故などの外科手術等には対応できませんから東洋医学が万能というわけでは
ありませんが、そもそも病気にはならない健康体を目指すという東洋医学の観点は、農薬や化成
肥料を使わなくても済むように健康な土作りを目指す有機農業とは共通する考え方なのでは
ないかと思います。

西洋医学にしても東洋医学にしても、どうしても治療の限界というものはあります。
万人が全て病院にかかって完治するというわけではありません。
病気になった場合は、病院にいくことになりますが、それでも直らない場合や余命宣告をされて
しまったような場合、もう手の施しようが無く死期を待つばかりという状態にまで追い込まれた場合
に、宗教的な信念によって快癒するという場合がままあります。 心が転回することによって肉体
的に劇的な変化をもたらす場合もあるというのは否定できない事実です。
私は今まで特に重い病気にかかったと言うことがありませんので、自身の体験として語ることは
できませんが、「十字式健康法」で腰痛を治してもらった経験は数度あります。
「十字式健康法」というのは、宗癒師と呼ばれている方、プロテスタントの牧師さんたちなのです
が、患者さんの背中を見ながら気合をかけて、ずれてしまった背骨をものの30秒でまっすぐに
直すと言うものです。始めて行った時はほんとにビックリしましたが、嘘ではなく、ほんとに気合
をかけるだけで次から次へと治していくのです。
腰痛というのは実に厄介なもので、整形外科に行っても錘をつけて引っ張る位のものでなかなか
これといった治療法はありません。 勿論、訓練を積んだ牧師さんですから効果があるわけで、
病院の先生たちにはこんな芸当はできません。 勿論医者で無い人が医療行為をすると違反に
なりますので、宗教行為として何とか認められているわけです。
「気合でずれた背骨を瞬間的に治す」 などというのは西洋医学が最も嫌う話だと思います。
気やエネルギーや心の力などは一応無視して唯物的に成り立つのが西洋医学です。
宗教的な信念で治るといっても誰でも彼でも奇跡的な快癒が起きるわけではありません。
形だけ真似してお経を唱えたりしても何も効果が感じられない場合もあるでしょう。
これは極めて唯心的な世界です。こうすればこうなるというものでなく、あくまでもその人の心の
あり方しだいという世界です。極めて限定的で普遍性があるというわけではありません。

で、何が言いたいのかというと、自然農法というのは、普遍性の無い極めて唯心的な世界なので
はなかろうか? ということです。
慣行農法や有機農業のその先の延長線上にあるわけではなく、それらをもうひとつ飛び越えた
唯心的な世界観があって初めて達することができる世界なのではなかろうかと思います。
唯心とは客観性の無い世界です。自己完結の世界ですから普遍性に欠けます。
有機肥料も一切使わない無肥料栽培法、実際にどのようなやり方でやっておられるのかはどうも
はっきりしないし、良く解らない。無肥料で収穫できるにはなんらかの工夫があるばずだと思うのだ
けれど、技術的な面がはっきりしない、「作物は愛で育てる」等と言われても戸惑うばかりである。
結局の所物質的な物を超えた所にある世界なので、科学的に(というのは唯物的にという事だ)
説明せよといわれても説明は難しいと言う事になってしまうのだろうと思う。 
だからなかなか解りにくい世界なのだ。特に地球上で生きていくうえには物質という足枷がある
ので特にそうなのでしょう。自然農法とは理屈や理論を越えたその先にある世界なのではないか
と今は思っています。

有気農業
慣行農法は化学の延長線上にあるので極めて唯物的です。
かといって、自然農法は唯心的であるので到達するのが極めて困難です。
この意味においては自然のあり方を尊重して行こうという有機農業が中道で良いかもしれません。
有機農業の定義ははっきりしていないようですが、語源は「天地有機」という中国の漢詩にある
ようです。天地には、機(メカニズム・法則性)があるという様な意味のようですが、中国の漢詩から
来ているなら、ここは機械の機ではなく、万物に気(エネルギー)あり、という気の文字を使って欲し
かったと思います。「万物が有り気が満ちている」というのは納得しやすい考え方です。

今年は有機資材を使用しての栽培になりますが、土壌分析をして有機肥料を施すというのは
とても慣行的な考え方です。 使用するものが化学肥料でなくて有機肥料になったというだけで
基本的な考え方は唯物的であり、極めて慣行的な有機農法という事になると思います。
なんだかんだと言っても収穫できないことにはどうにもなりませんので、ここ三年ほどはこのやり方
で様子を見ていきます。
勿論同時並行して植物有機の投入による土作りを心がけ、土壌のエネルギーレベルを上げて、
その後徐々に肥料を控えて有気農業に移行して行きたいと思っています。
そしてその先に自然農法への入り口が見えるかどうか、今は未だ何とも言えませんが、入り口位
には何とか辿り着く事ができるかもしれません。

土に命あり
畑の土はいくら良く見ても土にしか見えません。 実際には土中には沢山の虫がいるでしょうし、
天文学的な数の微生物達が暮らしています。生きている微生物の塊なのだから土は生きていると
言って良いのですが、目で見えるものではないので、どうしても生命の塊だとは思えない、実際の
ところは無機質な土にしか見えないものです。
地球は自転しながら太陽の周りを公転しています。地球が自転しているために太陽が移動してい
るように見える事は誰でも知っています。 知ってはいるが普通の生活実感としてはどうしても朝
太陽が昇って夕方西に沈んでいくように見える。地球の方が回っているのだとと言うことは知って
はいても、どうしても太陽のほうが動いているように見えるものです。
畑に生える植物や作物は生きている、これは誰でもわかります。でもその下の土も生きていて
生命活動を行っているとはなかなか解ってはいても認識しずらい事です。
どうしても無機質な土だという観念から見てしまいます。
有機から有気への移行には、ここがポイントになるような気がしています。


自然農法の考え方とはつまるところどういうことなのだろう?
とずっと考えていたのですが、先日復刊60周年記念号の
現代農業ベストセレクト集が手元に届きました。
この中に指標となる農家の実践例が二つありました。
現代農業は専門誌なので一般の方が読む機会は多分無いと
思いますので、その事例を簡単にご紹介しておきます。

二つの実践例
「収穫後の元肥施用でダイコン連作30年」 昭和60年12号 千葉県市川市の田島さん。
収穫後に有機質肥料(菜種粕・米糠・骨粉)を施すという方法で、春と夏の年二回ダイコンを連作
し続けているというもの。化成肥料も使う場合もあるようだが、堆肥や土壌消毒などは一切無し。
土の中の微生物の回転を大事にする土中ボカシ方式のやり方である。

「畑の土を森林土壌方式で改善」 昭和61年10号 埼玉県 須賀さん。
やり方は野草の堆肥を熟度別マルチングするだけで、、この他には肥料や農薬は一切使わない。
上から土ができていく森林に学んだ自然農法家の土つくり。「有機物マルチの原点」

いや、これはビックリした。昭和61年と言えば、今から21年も前という事になる。
その時にすでに無農薬・無肥料の自然農法を完成して実践されていた方がいると言う事だ。
有機物(野草の堆肥)をマルチに使って肥沃化させていくというのは、そのまま無除草と不耕起に
繋がるのでとても合理的なやり方です。
作業性の問題があるので、直播するものはどうかなぁと思いますが、苗植えするものなら何ら問題
なく、あっさりと自然農法が完成します。
ただ問題なのは、使用する野草堆肥の量。10aに1.5t(1500Kg)ということなので、これだけの野草
堆肥をどのようにして確保するのかという課題が残ります。
しかし、これだけの量を確保できさえすれば、堆肥だけの無肥料栽培も十分可能だという事になる
と思います。

私の場合
10aに1.5t(1500Kg)の堆肥を投入して四トンのダイコンが収穫できるそうです。
雑穀や豆類は反当たり四トンも収穫できるわけではなく、せいぜい200Kg程度ですから収穫量から
言えば、堆肥も二十分の一で済む計算になります。
とすれば必要な野草堆肥量は75Kgという事になります。これ位なら何とかなるかもしれません。
これで十分であるという根拠は特に無いので、実際はやってみなければ解りませんが、やって
やれない数字ではありません。 これは将来的な目標数字になりそうです。
今年は有機肥料との等価交換方式になります。
投入肥料は標準でオーガニック3袋・オイスター5袋・マグキーゼ2袋(一袋20Kgなので合計200Kg)
米糠60Kg程度、これに昨年の収穫残渣とクズ豆を投入しますので、合計300Kg程度になります。
10aあたりの収穫量より多い肥料を投入しなければなりませんので不経済ではありますが、ここ
三年位は仕方ないのかなと思っています。

まずは有機肥料を使用した有機農業で三年、その後は徐々に雑草堆肥に切り替えて有気農業を
三年。 その後は無肥料で自然農法にチャレンジ三年。
この九年計画でなんとか形になるかもしれません。
とりあえず進んでいくべき方向性が見えてきたのは収穫でした。
農業は一気呵成にいくものではありませんのでどうしてもそれなりの時間はかかってしまいますが、
なんとなく、この計画通りに上手くいくのではないかなぁと感じています。
結果は九年後にはっきりと出るはずです。     (07/3/8)

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