2005年 栽培計画予定

  今年の栽培計画です。太陰太陽暦(農事暦)を基に計画しています。 

育苗・播種作業 
弥生十五日(4/23)  古代稲の育苗開始、ビニールハウス内で育苗し、生育させます。
弥生十五日(4/23)  陸稲・とよはたもちの育苗開始、畑内にて育苗します。
弥生十六日(4/24)  ひえ・晩生白の育苗を畑内で行います。
弥生十六日(4/24)  燕麦、露地まき。
卯月十四日(5/21)  燕麦、露地まき。
卯月十五日(5/22)  播種作業の開始です。十八日までに全て終わらせます。
皐月一日  (6/7)  陸稲・ひえの定植作業。    

収穫作業
文月 一日(8/5)   燕麦・麦類の収穫
葉月 一日(9/4)   きび・ひえの収穫
長月 一日(10/3)  あわの収穫・豆類の収穫 

旧暦の一日は必ず新月になります。十五日が満月になります。
播種は満月に、定植は新月に、収穫も新月に、を基に計画しています。
今年からは、月の運行にも配慮した、今でも農事暦として残っている
旧暦、太陰(お月様のこと)太陽暦を基に自然を観察していく事としました。
以下、暦について少し考えてみましょう。

1、 グレゴリウス暦とは? 
2、 太陰太陽暦とは?  
3、 マヤ暦について  
4、 世界の月ごよみ  
5、 暦の併用について

グレゴリウス暦とは?
これは、今現在日本で使用されているカレンダーです。
西暦1582年に、ローマ法王グレゴリウス13世が、それまで使用されていたユリウス暦を改めて、新暦を施行しました。その後徐々に世界各国で採用され、現在国際標準暦として使用されているものです。

太陰太陽暦とは?
日本では、明治6年の新暦改訂まで使用されていた旧暦で、月のリズムを基にした月暦で、それに太陽を結びつけて出来ている暦なので、月(太陰)太陽暦というわけです。陰陽和合の暦です。
「旧暦とは、月と生き物の関わりを感じる為の暦」といえるかもしれません。
この暦の新年は、立春(太陽の節目・冬至と春分の中間点・2月4日頃)に一番近い新月(満月の反対・真っ暗闇の日)を、正月一日とすることになっており、今年は2月9日が新年始めの日です。

 月暦カレンダーは、こちらから購入することができます。

「月と太陽の暦制作室」

暦についての詳しい説明
もあります。
2005年版 2004年版

     旧暦を意識した畑仕事の様子がみれます。
  畑帳2004は、旧暦七十二候(季節の特徴)の畑のオリジナル版。 
  京都・修学院の四季が美しい写真で見る事ができます。

マヤ暦について
古代マヤ暦を基に、ホゼ&ロイディーン・アグエイアス夫妻が作成した「13の月の暦」のことです。
ひと月・28日の月が13月、時間をはずした日・自由の日(7/25)が一日とで成り立つ。
7/26から一年が始まり、自由の日7/25で一年が終わります。
偽りの時間の束縛から逃れ、自然のリズムへと回帰する為に考案された暦です。
13の月の暦には、365日周期の暦にマヤ暦の一つである260日周期の神聖暦ツオルキンが組み込まれており、同期をとるサイクルは、52年です。
銀河の宇宙の流れに想いをはせる場合には有効な手段だと思うのですが、四季のある日本においては季節感の流れとは合わないものです。特に農業という生産現場においては、やはり春に始まり芽が出て夏に生育しやがて実りの秋を向かえる。冬は静かに休みながらやがてくる春を待つ、という一年の流れの方がピッタリときます。7/26が一年の始まりという事になると、収穫のワンサイクルが二年に渡ってしまうために、ちょっと合わないなという感じを持ちます。
やはり農業人としては、一年の始まりが初春にくる旧暦の方がピッタリときます。
ちなみに、私の銀河の署名は、青い太陽の手、「私は理解する力をもとにして、達成と癒しをコントロールする事を担う」となります。

世界の月暦
世界には、まだまだこの旧暦(月を基にした暦)が生きているところが沢山あり
ます。旧暦の旧正月を、はでに爆竹鳴らして祝う華人はとても有名ですよね。
写真の本は、オーストリア生まれのヨハンナ・パウンガーさんとドイツ生まれの
トーマス・ポッペさんの共著で、「一般的な基準から見れば、きわめて不健康な
生活をしながらも病気もせずに90歳まで生きる」オーストリア・チロル地方に代々言い伝え られてきた「月のリズム」とともに生活する方法が具体的に紹介されています。
バイオダイナミック農法を提唱するルドルフ・シュタイナーもオーストリア人です。
ゲルマン民族もキリスト教に支配される以前は独自の大地精霊信仰を持って
いた民族だと思います。
「農夫は瞑想によって霊的認識をする。実践は学問に左右されることはなく、近代  科学の粗野な知識・理解によってとらえられるものではない。 R・シュタイナー」

暦の併用について
地球は自転している。一回まわる時間を一日とするのに異論は無いと思う。
時計時間を無視すると、朝太陽が出て沈み再び昇るまでを一日と呼んで差し支えないと思う。
又地球は、自転しながら太陽の周りを公転しており、一回りするのに要するのが、一太陽年=365.2422日
である。365.2422回自転すると、丁度太陽の周りを一回転する事になる。これを一年とするのにも異論はない事と思う。
しかし、その一年をどのように分割して(月割り)、いつを一年の始めにするのかは、色々な考え方があり、それが暦の違いとなって現れるわけである。
どれも一理ある考え方なので、もともとどれか一つに限定するというのに無理があるのだと思う。
もともと旧暦に行われていた伝統行事を、新暦の日付に当てはめるという事自体に無理がある。
背広を着ていながら足元は足袋、みたいな感じである。和洋折衷にもほどがある。
クリスマスは、日本中で祝われるお祭りであるが、教会にいってミサに参加し賛美歌を歌うなどという事はついぞ聞いたことがない。ただのお祭りなのだから、それで良いのだろうけれど、結局のところは日本人はキリスト教とは関係ない、という事でしょう。
中世のカトリック教会が考案したカレンダーだけで済む国ではないと思いますよ。

私が考えるのは、その時々に合わせた暦の併用です。
普段生活していくには、カレンダーを無視しては成り立たない。社会の全てがそれに合わせて動いているわけだから、社会生活を営む上では、どうしても合わさざるをえない。
しかし、実際問題として、農業をする生活の場合には、新暦カレンダーはまったく必要ない。
春一番に迷うのは、播種を何時にするかという事だが、その時の目安となるのは、「かっこう」である。
こぶしの花が咲き、山桜が満開となってからしばらくすると「かっこう」が鳴き始める。夏を告げる渡り鳥であるから、「かっこう鳴くと霜なし」である。つまり遅霜で作物が全滅する危険が無くなる為、安心して種蒔きができるわけです。できればなるだけ早く蒔きたいわけですから、このカッコウの鳴く一週間位前に蒔ければそれが一番なのです。
種まき後は、作物の生長にあわせて農作業を進めていくのであって、土日などの曜日も一切関係なくなります。雨が降る日が日曜日、という生活スタイルになります。
後は実りの秋を向かえ、収穫が完了するまでは、天候に合わせた労働スタイルになります。
新暦の月日も曜日も一切関係ありません。

植物は勿論太陽の光がないと育たないものですが、月も又自転しながら地球の周りを公転しているわけですから、この影響を受けないはずはありません。
旧暦を農事暦とは良く言ったもので、農業をやる上には旧暦を基に考えていった方が良いのではないかと考えています。
簡単にまとめると、新暦は地球内カレンダーでビジネス暦として使用する。
太陰太陽暦は、太陽系内カレンダーで、農業および生活一般に使用する。
13の月の暦は、銀河系内カレンダーで、時々目を通しては銀河宇宙に想いを馳せる瞑想暦として
使用する。 というような感じになります。

現在使用されている新暦は、グレゴリウス暦と呼ばれていますが、全く機械的に作成されたもの
であり、月や宇宙や自然のリズムを考慮し、取り入れたものとなっていません。
何故新年が一月一日に始まるのでしょうか?
何故一年が十二ヶ月なのでしょうか? 各月の日数が異なるのは何故でしょう?
英語でさえ、ジャニアリー・フェバリーと名付けられているのに、日本は何故1・2・3、なのでしょう。
あまりにも機械数学的ですね。情緒もなにもあったものではありません。
勿論新暦は機械カレンダーですから、ビジネス上で使用する分には何ら問題はないのです。
現在において、自然のリズムを考慮しなければならない職業とは農業、漁業等の一次産業のみ
であり、その他の産業においては、自然や、季節や、時間等はまったく無視して成り立ちます。
工場を稼動させるのに必要なのは動力の電気や石油であって、反自然であってもなんら問題
なく成り立ってしまいます。 産業栄えてますます自然が破壊されるのも道理です。

私も今年は、旧暦を使用しながら自然のリズムを意識した生活・農業をしていきたいと考えて
います。 真理は常に直観にあり。
頭でいくら考え回しても自然の理や宇宙の理を理解することは難しいものと思います。 
農業という自然の中にあってこそ直感的に観察できるものであると考えています。

月暦正月 睦月七日 (05/2/15)  
おまけ イスラム暦について
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