イスラム暦について

ついでにイスラム暦についてちよっと調べてみました。
イスラム暦は、正式にはビジュラ暦と呼ばれており、イスラム以前からアラブ人が用いていた暦で
預言者ムハンマドがメッカからメディナへ遷都した年の年初である、ユリウス暦622年7月16日を
もってビジュラ暦元年の1月1日とします。
この暦は、完全な太陰暦ですので、29日と30日を交互に繰り返し(月の満ち欠けの周期は29.5日なので) 12ヶ月で、1年354日です。
太陽暦とは合わそうとしておらず、つねに新月が月の始まりとなる暦です。
毎年約十日ずつずれてきますので、ユリウス暦だと、622年からだと、今年は1373年ですが、
イスラム暦では、ビジュラ紀元1426年になります。
現在はさすがにこれだけでは不便ですので、西暦を併用したり、その国の太陰太陽暦に合わせ
たり、各国の事情によって様々に暦の併用が行われているようです。
勿論イスラム国は、イスラム教を基にする国家ですから、このイスラム暦を西暦に切り替えて捨て去ってしまうという事はけっしてしません。あたりまえのことですが、この点は、西暦にあっさり切り替えてしまっても大して混乱の起きないわが国とは、大分事情を異にすると思います。
もともと暦の始まりは世界的に月暦だったようですが、中近東は雨の降らない灼熱の砂漠地帯です。
太陽は恵みの光ではなくて、地獄の業火のようなものでしょうから、こうした地方に住む人々にとっては、太陽は有難くもなんともない存在なのでしょう。太陽暦を一切無視するというのは、こうした地域特性も関係しているのかもしれませんね。
でも、一日は、昼半分と夜半分で成り立っているわけですから、太陽のみの西暦も、月のみのイスラム暦もどちらも片手落ちという気もします。 月と太陽の両方を取り入れている太陰太陽暦が一番バランスのとれた自然暦、と思います。 四季のある湿潤な東南アジアモンスーン地帯に合う暦と思います。

イスラム教とは何か?
イスラム教といっても、我々日本人にはピンときません。今はアメリカがイスラム国相手に散々戦争をけしかけていますから、タリバンとか、ジハードとかそんな事ばかりが報道されていますが、良くは解らない、普段イスラム教徒や文化に触れる機会はまったくないのですから、仕様がありませんよね。
私もイスラム教といえば、「コーラン・モスク・祈る」という程度の認識しかありませんでした。
中近東のイスラム諸国には私は行った事がありませんが、アジアではマレーシアがイスラム国です。
数年前に、マレーシア北東部にある、コタバルという町に一週間程滞在した事があります。
タイにノービザで滞在できるのは30日までですので、これを越える前に一度出国して再入国する必要があります。 この年は二ヵ月半ほどの旅程でしたので、二週間ほどマレーシアの北部を回りました。
マレーシアはインド人や華僑等の多い移民国ですので、南下するに従い徐々に街並みの雰囲気が変わってきますが、このコタバルという町は、マレーシアの中でもイスラム色の特に強い所です。
住んでいるのがほとんどイスラム教徒のマレー人ですから、独特の雰囲気があるのですが、ここで毎日三回(本当は五回が正式です)モスクに通い、アラーの神に祈りを捧げながら一週間過ごしました。
最初は宿の主人にモスクに連れて行ってもらい、作法や祈りの仕方などを習いました。
最初は郷に入っては郷に従えで興味本位で通っていただけでしたが、なかなか良いものでした。
祈り自体はすぐ終わるものですが、終わった後に集まった周りの人と握手して互いに祝福します。
アラーの神の前には皆平等である、という教えを地で行くような行為で、私のような見ず知らずの異邦人にも何らわけ隔てなくアラーの祝福が注がれます。
私は別にイスラム教を信仰しているわけでもない、ただのなんちゃって信徒なのですから、ちょっと恐縮してしまいますが、皆イスラム教を信仰しているイスラム教徒である、という生活感覚には独特の安心感があります。 毎日決まった時間に祈らなければならないというのは、如何にも面倒臭いような気がしますが、実際やってみるとそんな事もなく、きちんとした規則性のある生活というのも良いものです。
勿論民主国ですから、ケンタッキー店もありますし、大型スーパー店もあり、貧乏という事もありません。
短い滞在期間ですが、その生活実感としての印象は大変良いものでしたから、イスラム国に対する印象が大分変わりました。イスラム国は良いのです。 十分生活していけます。

左手にコーラン右手に剣
これは十字軍遠征時に西欧国がイスラム教徒を称して言った言葉ですが、聞いた事があると思い
ますが、言い得て妙という気がします。 何故かというと、イスラムとは月のために戦う星だからです。

      これはトルコの国旗です。
 イスラム国の国旗がが全てこのモチーフというわけでは
 ありませんが、
 三日月に星のある国旗は、全てイスラム国です。
 

         月の国の代表、昔月氏国と呼ばれたインドの国旗。
 真ん中の模様が、仏教で言う大法輪、すなわち満月です。
 月の国の特徴は、何より精神性に重きを置くという点にあります。
 現世にはあまり囚われず悟りを求める国民性となります。
 「非暴力・非服従」 抵抗する場合でもけっして暴力は
 用いません。

        星の国の代表であるアメリカと中国です。
 星の国の本質とは武力にあり、最後は武力で解決
 するぞ、という国民性です。
 イデオロギーは関係ありません。
 闇の支配する星の世界に住む国です。

      左がフランス、右がロシアです。
 三色旗をモチーフにしている国は、キリスト教を基に
 している国であり、これも星の国です。
 現在核保有国は、ほとんどが星の国です。
 印・パは兄弟げんかのようなもので、事情をちょっと
 異にします。

国旗というのは、その国がどういう成り立ちであるのかを端的に現すものですから、気をつけて
見てみると面白い事がわかります。
星の国は戦う事を使命と考えているような国ですから、武力衝突が収まることはありません。
アメリカや現代中国に、高い精神性を感じるでしょうか? あるのはただ経済的な合理主義だけです。
今はこうした星の国が先進国と呼ばれて世界をリードしているわけですから、世相がどうなるかは押して知るべしなのです。いまだ世界は暗い闇に包まれている状態と言わねばなりません。
闇の支配を終わらせるには陽が昇らなければなりません。そこに日章旗・日の丸を国旗とする日本の使命があると思います。
星の中の星、ダビデの紋章との陰陽和合が為される時に朝日は昇り始めるかもしれません。
夜明け前の闇が一番暗いと言われます。 世界のために夜明けが近いことを祈ります。

イスラムも星を持つ星の国ですが、あくまでも月を守る為に戦う星なのです。
インドのように非暴力によって抵抗するという方法は取りません。月(イスラム教・アラーの教え)を守る為には躊躇無く武器を取るのです。そこには深い精神性があり、単なる星の国なのではありません。
イスラム教の預言者ムハンマドの前世はナザレのイエスと言われています。
世界をキリスト教の猛威から守る為にその防波堤として打ちたてられたのが、武器を取って戦うイスラム教です。地球上にイスラムの教えと教えを忠実に守りぬくイスラム教徒がいなければ、世界の全てがキリスト教によって制服されてしまい、とっくの昔に地球は滅んでいたかもしれません。
世界を闇の支配から守り抜く聖なる使命を持つのがイスラム教国だと思います。
 アラーに栄光あれ !!  イスラムは日本人にとっても理解しやすい教えだと思います。

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