黄金の法則 6:2:2

今年はひえが不作で皆さんに迷惑をかけてしまいましたが、良く聞いたのは、ひえ・あわ・きびの
配合率が6:2:2で、ひえがメインのシードであるという事。
そこで何人かの人に何故この配合比率になっているのかお聞きしてみましたが、確たる説明は
帰ってきませんでした。
何か理由があってこの比率になっているはずで、それが何なのか不思議に思ったわけです。

実は私もオカメインコの飼育本を一冊持っています。勉強の為にと思って以前に購入したものです。
該当するシードのページを開いてみると、「市販されている四種配合配合飼料は6:2:1:1(カナリー)
という配合比率が多いようです・・・・・ひえの多い全体がグレーっぽいものを選びましょう」とある。
何故なのかその理由の記載は無い。
親切に各種シードの成分表も載っているのだが、これを見る限り各栄養素、熱量ともにそれほど
の違いがあるわけではなく、三種とも似たり寄ったりの感じだ。
少なくても成分表を見る限りにおいては、栄養素に特に違いの無いひえを何故多くしなければ
ならないのかは解らない。各種等分で3:3:3:1でも良いような気がする。

聞くところによると、小鳥の専門病院でもシードの配合は夏は6:2:2、冬は7:2:1と書いて掲示して
いるらしい。(直接見たわけではないので)
小鳥の飼育本にも書いてある、有名な鳥専門の獣医さんもそう言っている、という事になると
「あぁ、それが正しい配合比率なのだな」と誰でも思うでしょうね。
何故その配合比率が良いのか、その理由はまったく不明なままですけどね・・。
しかし、そうなっているという事は何か理由があるはずだと思うのですが良く解りません。
何方かご存知の方は是非ご連絡ください。 メールは此方 「丸さんに教えてあ・げ・る !!


私が思うに、多分こんな感じなのではなかろうか (以下私の推察です)
日本には昔から雑穀類を栽培して食べると言う食文化がありました。
小鳥の飼育が何時頃から始まったものなのか詳しくは解りませんが、飼育が始まった時に
利用できる雑穀があり、それを餌として利用するという形で雑穀利用が始まったものと思います。
昔はひえ100%とか80%とか、特にひえが主として利用されていたようですがこれには理由が
あります。
まず粟。あわは昔は米と同等の高級品で、米と等価交換(米10Kgと粟10Kg)されていたそうです。
粟は初期成育が遅くて除草作業が大変です。特に昔は除草剤など無かったわけですから手取り
の除草作業は大変でした。
「あわ一粒は汗一粒」岩手県北地方に伝わる雑穀のことわざです。
これは暑い盛夏の除草中耕のつらさを言い表しており、小さなあわ一粒一粒にはそれに相当する
数ほどの汗がにじむような努力が込められている、という意味です。
つまり、昔はあわは小鳥の餌にできるような物ではなかったと言う事です。

きびは、昔はうるちきびは「めしきび」と言われて米の代わりに食されていました。
もちきびの用途も広く、味も良い事から米に代わるほどの利用がされていたもので、これもそう
簡単に小鳥の餌に回ってくる代物ではありませんでした。
ところがひえは、あわ・きびに比べると加工特性が極端に劣ります。
ひえの加工法としては、乾燥子実を蒸す「白蒸し法」と一晩水に漬けておいてから蒸す「黒蒸し法」
とこの二つの方法が伝えられていますが、どちらにしても一度蒸し揚げてから乾燥させて殻を
取らなければならず、殻取り加工にとても手間がかかるものです。
あわ・きびはそのまま殻取りができますから、どうしても此方の方が主流になります。
収穫量が一番多いのはひえですが、食用に加工することの面倒さを考えると敬遠されがちに
なってしまうのも無理の無い事のように思います。
こんな理由から唯一ひえが小鳥の餌として回ってきたのでした。

ひえ100%は、戦後が終って高度経済成長が始まるまで続いていたと思います。
だんだん豊かになって米が余る様になってくると、雑穀類を食べる習慣はなくなり、当然栽培も
されなくなってきました。この頃から、あわ・きびが小鳥の食餌として回ってくるようになったのだろう
と思います。食用にはされなくなってしまったのですから、小鳥の餌位しか需要は無かったはずです。
こうして「ひえ・あわ・きび」の三種混合が生まれたわけですが、何故「6:2:2」になったのか?
と言う事である。 折角手に入るようになったあわ・きびなのだから、三分の一ずつの等分でも
良かったはずである。しかしそうはならなかった様です。

会員さんに聞いたのですが、昔ながらの小鳥屋さんに、「モチ粟穂、いいの? そんな消化の悪い物
やって」 と言われた事があるそうです。
「小鳥の食餌はうるちが良い」 この話の出所は多分昔ながらの小鳥屋さんだろうと思います。
永い飼育経験からモチ種よりもウルチ種の方が良いという結論に達し、それが今でも言い伝え
られて来ているのだろうと思います。
小鳥の食餌はうるちが良い
ひえは、モチ種のひえもあるとされていますがほとんどはウルチ種であり、ひえであればウルチと
思ってまず間違いは無いのです。 産地出所を問わず、まず100%ウルチです。
ところがあわときびにはモチ・ウルチの区別があり、特に粟はモチ・ウルチの区別がはっきりして
いると言われています。
ですが、このモチ・ウルチの区別は目で見て解るものではありません。区別の仕様が無いんです。
昔ながらの小鳥屋さんも農家から直接仕入れるわけではなく、仲買人から購入していたでしょう。
仲買人は、小鳥屋さんがウルチ種を欲しがっていれば、それがモチであろうとウルチであろうと、
「これはうるちです」と言って売るでしょう。売れれば良いのだから当然のことです。
でも小鳥屋さんもバカではないので、仲買人の言う事をそのまま信じる訳ではありません。
ウルチあわと言っていたけどモチあわかもしれない、ウルチきびと言っていたけどモチきびかも
しれない、という一抹の不安は残るでしょう。
「3:3:3」の等分にした場合、もしあわ・きひがモチ種だったら「ウルチ3:モチ6」となってしまい、
小鳥の食餌がモチ主流になってしまいます。これは 「小鳥の食餌はうるちが良い」という小鳥屋
としての仕事の流儀に反します。何と言ってもウルチ主流は譲れない所です。
「8:1:1」なら安全策なのだけれど、ほとんどひえのように見えて彩りも悪い、あわ・きびもなるだけ
多めに使いたい、そこで「6:2:2」に落ち着いた。この配合なら万一あわ・きびがモチ種であっても、
ひえが6割であってウルチ主流の仕事の流儀は守られる。
小鳥屋さんは多分こんな風に考えたのではあるまいか。
(勿論それまではひえが主流で使われていたのだから、という理由もあるでしょう)
こうして編み出された配合比率がこの後数十年続いてきて、特に問題もないようなので、シードの
配合率はこれで良いとされるに至ったのではないかと推察している。

色々と配合を変えてみるなどの研究成果として導き出された配合比率なのだ、と言う事ならそれで
何も言う事はないのだけれど、どうもそうでもないらしい。
研究成果があるなら、当然こういう研究成果があってこの配合になっているのだという説明が
あるはずだ。配合率にこだわるのであれば、当然その根拠がなければどこまで行ってもアヤフヤ
なままであろう。 何の根拠もなしに何でこだわる事ができるのか、とても不思議でならない。

日本の場合はひとまず置くとして、海外ではどうなっているのだろう?
やはりシードは「6:2:2」の比率になっているのだろうか? 会員さんに聞いてみた。
私の持っている別の本「コンパニオンバード完全ガイド」は、アメリカで書かれた本です。
この本は、セキセイインコ専門というわけではなく、
カナリアやフィンチ、オウム全般にわたって言及した本です。
この本では、飼い鳥の飼料については、ペレットを主食にすることを勧めています。
(しかもペレットには、鳥の嗜好性を上げるために、着色したり香料を使うことをよしとしています。)
それどころか、種子食は脂肪分が大変高く、多くの重大な栄養素が欠けていて、鳥が
好き嫌いをする原因になるからやめた方がよいとまでかかれています。
なるほど、アメリカはペレット主体のようですね。
今年発売された「ザ・セキセイインコ」という本はドイツの方が書かれたセキセイインコの専門書で
す。 この本には、鳥ごはんの配合比率についてこのように書かれています。
「飼い鳥用のシードミックスは、野生のセキセイインコの食習性に関する知識を活かせば、
最適なバランスで配合することが出来ます。
セキセイインコ用に市販されているシードミックスの配合は、メーカーによって多少のばらつきは
ありますが、
カナリーシード30%、白粟25%、黄粟20%、燕麦/ひき割りカラス麦/赤粟1
5%、ニガーシード5%、およびフラックスシード5%になっています。
高品質のシードミックスには、アザミ、アニス、菜種、ゴマ、サフラワーのシードも
含まれています。一部のシードミックスには、甲状腺疾患の予防になるヨードおよびビタミンを
含んだペレットも配合されています。」
ドイツ人の書かれた本ということは、少なくともこれが、ドイツでは一般的な鳥ごはんの比率だと
思います。
なるほど、ヨーロッパではこんなシードの配合率になっている様ですね。

ちなみに、ひえは英語では「ジャパニーズミレット」と言う。
もともとひえは東アジア地域にしか存在しない。インドには有名な「シコクビエ」という物があるが、
これは殻が付いていないハダカ実の作物で栽培ひえとはやや異なる。
中国ではアワ粥が有名だし、中央アジア(キルギス付近)にはキビ酒なるものがあるらしい。
韓国も雑穀食が残っているようだが、ひえ食というのは余り聞かない。
栽培作物として作り続けられてきたのは日本だけではないかと思う。
つまりひえは日本独自の雑穀作物だという事だ。
(勿論今では中国産などが輸入されているのだろうと思うが)
ヨーロッパのシード配合にはひえが無いが、もともとヨーロッパにはひえは存在しない。
小鳥の餌には、その土地、その土地で取れるものが利用されるのがごく普通の事だ。
勿論今はなんでも輸入できるのだけれど、もともとひえを利用していないヨーロッパ人なので、
特別ひえの必要性は感じていないという事なのだろうと思う。
勿論オーストラリアやアメリカにもひえは存在しない。
世界広しと言えども、餌にひえを食っているインコは日本だけと言い切っても良いのだ。
(台湾や中国ではひえの利用があるかもしれない)

つまり、シードの配合「6:2:2」というのは、日本にしかない、日本独自の考え方だと言う事だ。
日本人なら「米、味噌汁に焼き魚」 明治生まれのじ様が言う様な事なのである。
確かに日本食はこれが基本だろうが、我々日本人だって毎日日本食というわけではない。
パンやパスタ、コーヒーなどは毎日のように食っている、特に日本食にこだわる必要も無いわけ
だ。ところが、小鳥の食餌になると、「6:2:2」の日本食に拘る人が多い様だ。
勿論日本に帰化した帰化インコなのだから、食事も日本風で良いのだと言えばそれまでの事だ
けれど、「ひえを主体にしなければならない」という事には何の根拠も無いように思える。
あるのかな?

さて、本題である。
前書きが長くなってしまったが、私は別に小鳥飼育研究家ではないので、小鳥のシードの
配合率はどうでも良い。
小鳥の種類によっても異なるだろうし、個体の好みもあるでしょう。
この配合率を基本としてそれぞれの個体に合う様に工夫を積み重ねて行けばそれで良い事なの
ではないかなぁと思います。

問題は「ひえ・あわ・きび」の栽培である。
一口にひえ・あわ・きびと言ってしまうのであるが、各作物の栽培特性はまったく異なります。
きびは干ばつ最強の作物で日照りに良く耐えます。雨が少ない年でもそこそこの収穫に辿り着く
事ができます。これに反してひえは湿潤な気候に適しています。
岩手県では田んぼで「達磨ひえ」を栽培しています。 逆に言うと、今年のように異常高温で日照り
の年は芽さえ出ずに終ります。
あわは気候よりも土地の肥沃度に左右されます。ひえやきびに比べると数段上の肥沃度が無い
限り絶対に生育しません。
こんな感じなので、実一枚の畑の中でひえ・あわ・きびを栽培し、全てを順調に収穫するというのは
実はとても難しいことなんです。
それを無農薬・無化学肥料で、管理の及ばない露地畑で栽培するわけですから、その難しさは
半端ではないわけです。
更に栽培作物はこの三種だけでなく、ひまわり・そば・えごま、それに豆類が加わります。

温暖な府県であれば栽培の工夫の仕様はいろいろとあると思います。
ところが北海道は11月から4月までの半年間は冬で農作業はできませんから、作業は5月から
10月までの半年間に集中します。
限られた半年間の期間の中で、これだけの種類の作物を作りこなさなければならない・・。
全ての作物を失敗無く収穫するというのはそもそも無理な話です。
私も100%を狙っているのではなく、全体の70・80%程度の収穫を目指しています。
年によっては収穫できない作物もある、まずこれを大前提として理解してもらわないとバーズ
レストランでの販売は成り立ちません。

作物の発注?
注文にあたっては、注文フォームなどは用意していないので、自由メールでのご注文をお願い
しています。人それぞれに特色があって面白いのですが、中には注文ではなく、発注という言葉を
使う人がいる。発注とは、業者間取引で使用するビジネス用語である。
大手企業に勤めていた頃の癖が抜けないのかどうか知らないけれど、私は雑穀の販売業者では
ないので発注されても困ってしまう。なんでこんな言葉をあえて使うのであろうか?
業者間BB取引だけでなく、ネットでの通販であっても、注文すれば期日どおりにバンバン届くのが
当たり前の世の中だ。日本ほど細やかな対応をする社会は他にないのではないだろうかと思う。
しかし、こんなクイックレスポンスをBRに求められても困る。
会社組織でやっているわけではないのだから、個人の努力には自ずから限界がある。

最近は食品偽装のニュースが巷に溢れているが、こんな事はどこの会社でもやっている。
賞味期限の切れた食品を処分していては会社はすぐに倒産してしまうだろう。
産地偽装も当たり前、産地で品が無くなると他所から仕入れて来て売るのである、これが商売と
いうものだ。 私がBRを事業としてやるならば、当然品薄の商品は他所から仕入れてきて売る。
そうやって約束を守り、業者としての責任を果たす。それが業者販売というものだ。
ところが、私はそんな事をしてまで販売しようとは思わない。
農業が主なのだから、その年収穫できたものを販売して完売したらそれで終わりである。
私は農業者であって、販売業者ではないのだから、汗水垂らしてやっと収穫した作物に発注を
かけるような精神構造の人とのお付き合いは今後一切お断りする。
誰とでも付き合っていくような余裕も無い。
更に悪い事に今は自由登録の会員制でやっているが、これがいろいろと問題を起こす事が解ってきた。
そこでBRは一旦閉店する事にしたのだが、来年は、会員規約等(特に退会規定)をしっかりと定め
たうえで再オープンする予定でいます。

今更言う事でもないのですが・・
売買とは両方の合意があって成り立つ法律行為です。
「売ってください、売りましょう」 「買ってください、買いましょう」申し込みと受諾があって成り立つ
もので恋愛と同じ事です。
しかし、中には何を考えているのか良く解らないのですが、権利・義務という感じに捕らえる人も
いるようです。 会員制という言葉が悪いのかもしれません。
当たり前のことですが、会員さんに小鳥の餌を購入する権利があって、私に提供する義務がある
わけではありません。
会員に登録したからといって必ず購入しなければならないという義務はありませんし、私も栽培の
努力はするものの、その年の気候、年々酷くなる温暖化、季節外れの台風、大水害、自然相手の
農業には不確定な要素が多くて無事に収穫に辿り着くのは容易な事ではありません。
「私は会員に登録しているのに購入出来ないのはおかしい、やり方が悪いのではないか」
そんな事を言われても収穫できない場合はどうしょうも無い、だんだん嫌になって来る。
そんならもうBRはもう閉店します、という話になってくるわけです。

問題になるのは、事前に予約金をもらっていたり、そうした約束のうえで入会金やら年会費を
もらっている場合でしょう。こんな場合は、「金だけとって何やっているのだ」という話になってくる
のは当然です。
でも農業生産においては確実な履行を約束する事などそもそも無理なのだから、私も最初から
販売金以外の金銭は一切もらわないでやっているわけです。
ですから、無料で登録した会員に何らかの権利が発生すると言うのは端から有得ない話です。
今時無料で手に入る権利なんてあるのだろうか?
会員に登録していると言っても、実際の売買はお互いに自由な立場の関係である事が基本です。

無農薬栽培と言う事
無農薬・無化学肥料栽培で農業を営む、これがどういうことか、農業経験の無い都会暮らしの人に
いくら説明してみても理解してはもらえないだろう。
私自身も都会暮らしのサラリーマンだったのだから良く解る。経験の無い事はいくら説明して貰っ
ても実感として納得すると言う事は難しい。

そこでザックバランに説明してみよう。
私が脱サラ農民となって今年で8年目だ。
だんだん軌道に乗ってきたといっても年間の売り上げは200万円ほど。
年間の経費が150万くらい掛かるので、年収は50万だ。
田舎での自給自足的な暮らしなので生活費は月4万円位で足りるのでなんとか生活できている。
町のコンビニで働くフリーターの方が高給取りだし、もし貴女が月8万円でパートしているとすれば
私の二倍稼いでいる事になる、うらやましくなるほどの高給取りだ。

小鳥を飼育している皆さんは、安心できる安全な食餌を求めて随分アチコチ探し回ったでしょう?
でも、無農薬・無化学肥料で雑穀を栽培している所なんてそうはないでしょう。
それは所得の低さが理由です。今時年収50万で働く人なんていないからです。
都会で言えば、月10万の給料で働いてくれる人を探すようなものです。
月10万の給料なら、東京であれば家賃で消えてしまいます。妻子を養っていく事ができません
から、そもそも月10万の給料で働くなんて事は無理な事なんです。
暮らして行かなくてはならないのは田舎の農家も同じです。
所得保障のある作物を慣行農法で栽培していくのが一番良い方法です。
無農薬・無化学肥料で苦労して栽培しても労力に見合うだけのリターンは無いのが普通ですから
誰もやろうとはしないんです。儲からない事はやらない、これが世の中の常識というものです。

狭き門より来たれ
自然を観察してみると、そこは下位のものが上位のものに与えるという循環の中で調和を保って
いる事に気ずきます。
地は草を生やしそれを食べる小動物・昆虫を養い、小動物・昆虫はより上位の者を養い、上位の
者もやがては地に帰ります。
けっして、強い者が弱い者を食って生きて行くという弱肉強食の世界ではありません。
創造は宇宙を創設しました。そして地球という天体を作り45億年という気の遠くなるような歳月を
かけて惑星に人が生きて行ける環境を作ってくれました。水も空気もタダで与えてくれています。
与える事で成り立つというのが自然の法則であり、宇宙の意思です。

人間界というのは何故か奪う事で成り立っています。砂糖に群がる蟻のように甘い汁を求めて
います。 収奪、たかり、徴収、は世の常です。
宇宙の意思からはあまりにもかけ離れてしまいました。

今日は12月の16日、発送がひと段落すると、あとは春の雪解けまでのんびりとした日が続きます。
来春5月になったら畑で種を蒔いているでしょう。
来年も再来年も5月になったら畑で種を蒔いています。
10年後も、5月になったら畑で種を蒔いているでしょう。何も変わらない自然の暮らしです。
私は巡り来る季節の中で自然と供に生きて行く道を選択しました。
永遠の時間の流れの中にいて、今の一瞬を意識して生きて行く生き方です。
やがては老いて静かに死んでいくでしょう。
その時が来るまでただ淡々と日々の勤めに励むのみです。

黄金のバラ
西洋では人の人生をバラの花になぞらえる事があるそうです。
茎に付いている棘は人生でやってくる様々な苦難、それを乗り越えてやがて美しい花が咲くという
例えとして考えられている様です。
普段私たちは色んなしがらみに取り囲まれて生きています。人並みに暮らしていくという事だけでも
大変な事です。生活していくというだけでも大変な事ですから、ゆっくり考えるという心の余裕すら
無い状態かもしれません。 そして世間の流れに巻き込まれながらやがて死期を迎えます。
「私の人生っていったい何だったんだろう?」 薄れいく意識の中でそんな事を考えているかも
しれません。そんな事になるまえに、自分自身の黄金のバラを見つけ出さなければなりません。
両手に何も持たずとも、心に花が咲いていれば静かな気持ちで旅立つ事ができるでしょう。

人はそれぞれ様々なテーマを持って出生してきます。花はバラでなくとも、何でも良いのです。
それは人の評価ではなくて、自分自身の納得度としてあらわされます。
人が綺麗だと言わない花であっても、それが自らの心に咲かせる事が出来た花ならば何でも
良いのです。でもその為には一つだけコツがあるように思います。
それは・・「自らの本心に従う事です。」 
この世の人生に於いて本来の自分と一致する事ができる生き方ができればベストな事です。

わたしは常日頃こんな事を考えながら、こんなふうに生きているのである。   (07/12/16)

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