殻付きひえのできるまで

ここではひえを例にとって、収穫から出荷までの流れを追ってみましょう。

刈り取り作業
全て鎌での手作業です。
地面に倒れて濡れている様な
ものは収穫しません。
刈り取り後の乾燥
しばらく地干しします。
乾燥を見計らって脱穀。
脱穀も全て手作業です。
手作業は時間がかかりますが、
機械と違い丁寧な仕事を
することができます。

脱穀後の物は、まずふるいに
かけて、大きなごみ・茎・葉等
を取り除きます。
次にとうみにかけて風選します。
細かいごみを飛ばすと共に
二番果を取り除きます。
ビニールハウスの中で
仕上げのシート干しです。
取り入れる前に再度とうみ
をかけます。

     説明    

一番果〜充実した良い実の事
二番果〜未熟な実の事。         
風選別を繰り返す事によって
充実した一番果だけを
製品にする事ができます。

とうみがけも、一度だけでは
駄目で、一回に最低でも
三度は繰り返します。
ひえには外皮(薄皮)が
しっかり付いています。
このまま保存して置きますが、
出荷の前に循環式の精米機
にかけて外皮を取り除きます。
一度機械にかけてからとうみを
かけます。左側に落ちているの
が外皮のカスです。
これを再度精米機にかけます。
外皮を綺麗に取り除き
再度とうみをかけて完了です。

人間の食用の黒蒸しひえにする為には、さらに長い行程を必要としますが、
鳥さん用の殻付きは、これで終了です。
ここまでに、四回のとうみがけをしています。一回に最低でも三回は繰り返し
ますので、都合十二回のとうみがけをしている事になります。
何度も選別を繰り返す事によって、砂・ほこり・ゴミ等の混入物はほとんど取り除かれる
ことになります。ここまでは手で選別するわけではありませんので、雑草の種子等は多少
残ることになりますが、気になるほどの不純物の混入は、なくなりますので目で見ても
綺麗な状態のひえを出荷することができます。

ここまでやれば、誰でも綺麗な製品づくりはできるのです。
では何故やらないかというと、そんなに手間をかけたのでは利益がなくなってしまうからです。
もともと農家の人は、職業として、金を稼ぐ為に農業をしています。まぁこれは当然の事ですが。
もともと安い農産物価格の事を考えると、少しでも作付け面積を増やして粗収入そのものの
増大を考えないと、とてもやっていけるものではないのです。
勢い、広い面積で多種の作物を栽培する事になりますが、実際のところそんなに手が回る
でしょうか?  これは聞くまでもありません。はなから無理な事なのです。勿論その為に除草剤
を使い、化成肥料を使い、機械化して借金を背負い、と言う風にしてやっているわけなのですが、
論点は金算段だけです。金になるかならないか。
勿論経済社会の中にあってはこれは仕方のない事であり、農家を責めるわけにもいかない
事です。 でもこんな状態で作物に愛情をそそげといわれても出来る事でしようか?

更に農家に生まれた農家というのは、言うまでも無く根っからの農家です。
で、農家は何をするのかというと、ひたすら作物を作るだけです。
収穫後の選別・製品化・販売は全て農協がやるものであり、農家は農協に出荷すると
後はしらねぇ〜という事なのです。どこに運ばれてどこで売られて誰に食べられている
のかはまったく解らない事なのです。流通の仕組みとして、これは農家には知らされない
ようです。小豆には「倉庫渡し」という言葉があります。畑から倉庫に運んだ小豆を
一度だけとうみをかけてゴミを飛ばし、そのまま農協に渡す事を言います。
その後は全て農協がやってくれる事ですから、農家が出荷する段階の製品とは
すなわちそういうものなのです。
例えば鳥のフンやゴミが混じっていたとしても、それを製品として売ることは
根っからの農家気質からしてみれば、ごく当たり前の事なのです。
「鳥のフンが入っている」と文句を言ったとしたら、そういう物なのに何故文句なんか
言うんだ、都会の消費者はものをしらない、とかえって怒られるかもしれませんよ。
農家感覚というものはそういうものです。
かなりのズレがもともとあるものなのかもしれませんね。


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